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聖霊降臨後第12主日(8月28日)「フミリタス」

王の前でうぬぼれるな。身分の高い人々の場に立とうとするな。              箴言25:6

兄弟としていつも愛し合いなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。                         へブル書13:1~2

・・・だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 また、イエスは招いてくれた人にも言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」                              ルカによる福音書14:11~14

【説教要旨】

ロシア人は、個人は旅人をもてなす実に優しい人であるが、いざ国家が絡まってくると同じ人間かと思えないほど豹変すると本田勝一氏が言っていたのを思い出します。そして、その後、トルストイの民話を読んでいると小さき者、弱っている人、旅人をもてなすとそれは天使をもてなすことであるとあり、ロシア人の気質であると頷きました。さらに神学校に入り、聖書を読みますと「兄弟としていつも愛し合いなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。」とあり、イエスさまご自身が天国にいく鍵を「人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう。そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。・・・・・・・・・そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。マタイ25:31以降」と言われています。

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失敗談ですが、ブラジルで一緒に生活していた青年の友人が、早朝によく青年を訪ねてきて、ブザーで起されるわけです。彼が起きてくるまで私たちが客人に対応し、コーヒー一杯を出しました。客人は、サッカー留学生であるとき聞き、心では色眼鏡で見ていたと思います。聖書から旅人をもてなせとあるので、しかたなく、いやいやもてなし、「空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねた」が「なければならない」と語尾が変化し、 「ねばならない」となり、自分を正当化し、この行為は形式になり、行為が苦痛になってくる。朝早く訪ねてくる青年に対して、決して喜べなくなる。聖書に旅人をもてなせとあるので、コーヒー一杯でも十分にもてなしているだろうと決めつけ、心のない形式な的なものとなっていたと思います。

「へりくだる」という言葉があります。フミリタスの動詞で、フミリタスとは謙虚と訳されます。しかし、ルターは、フミリタスを無と表現し、今まで、フミリタスを謙遜、謙虚と受け止め、これを徳目としていました。しかし、ルターは謙遜、謙虚である行為よりも、フミリタスを無と受けとめ、自分がへりくだる者となるということは、自分は無であり、無価値なるものであるというのです。この無であり、無価値なものを神が顧みて、憐れんでくださるということがフミリタスの本質であると受け止めるのです。へりくだる者は高められるのとみ言葉は自分が無価値であるということ、フミリタスであるといことよりも後半の高められるということに重点をおいているのです。徳目的な自分が謙遜し、謙虚な者となるという私の行為に重点をおくのでなく。「まことのフミリタスは自分自身を振り返ったり、自分自身を自覚しえない」とルターは言います。私が消えて、ここには、私たちを顧みてくださる神の憐れみしかないのです。無価値な私を顧みて、憐れんでくださる神に自分が受容されているゆえに、「いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。」と、自分がしたことをすっかり忘れている言葉になるのです。

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「愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。1ヨハネ4:11」と言う告白となっていく、これがへりくだる-フミリタスです。フミリタスを土台として、神や隣人に対する真実な愛が実現するのです。 「フミリタスは低きにつき、無価値なものを軽蔑しない心であり、身分の低い者や軽蔑された者に向かい、高貴なことを避ける心情を有する。この心情がフミリタスであり、徳と呼ばれる」とルターの言葉は、イエスさまが、「・・・だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 また、イエスは招いてくれた人にも言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」という言葉に通じるのです。

兄弟としていつも愛し合いなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。            へブル書13:1~2

フミリタスを土台とした人は、早朝のブザーは迷惑な人がやってくるブザーでなく、キリストがお入りになるブザーであり、たとえ一杯のコーヒーであってもすばらしいし交わりとなっていきます。

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牧師室の小窓からのぞいてみると

元自民党の幹事長二階俊博氏が、「それがあったからといって国葬をやめるわけではない。国葬は当たり前だ。やらなかったらばかだ」と発言して、物議をかもした。

安倍元首相の国葬は反対が50%を越し、「それがあったからといって」という言葉は、格好が悪い。政治家は少なくとも国民の声を聞く人であると思う。する、しないは別として、もっと違う言葉をもって、政治家はつたえていかなければいけないのではないかと思う。「やらなかったばかだ」は、もっとも言ってはいけない言葉であると思う。政治家は言葉で生きている。生きた言葉をもって、語ってほしいと思う。

園長・瞑想?迷走記       

 

第一回目の新型コロナウィルス感染流行のとき、このウィルス感染がどんなものか、アルコールも、マスクも不足するという混乱期、そんなときに夏休みをむかえた。子どもたちは家で夏休み中、行動制限があり、じっと我慢していた。今年は行動制限もなく、アルコールも、マスクもあり、このウィルスがどんなものであるか分かってきて、ワクチンも出来ている。しかし、確かに厳しい状況には変わりない。

こんなことが続き3年となり、子どもたちのこころに思い出を作ろうと花火で遊ぶ「夏休みの夕涼み会」を開催し、3回目となった。密をさけて短時間の集まりである。主催者側としてはクラスターが発生しないことに注意をしながらびくびくしての開催である。

花火は疫病退散の意味もある。早く新型コロナウィルス感染がおさまることを祈りつつ、何事もなく行えたことにホッとしているのが正直な気持ちである。

夏休みの日々の預かり保育でも、通常の保育でも何事も起こらないということが、今は精一杯である。

9月には、一泊の年長組の旅がある。つい、先生方に「それでもいきますか」と問うてしまった。

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日毎の糧

聖書: 目覚めよ、わたしの誉れよ/目覚めよ、竪琴よ、琴よ。わたしは曙を呼び覚まそう。       詩編57:9

ルターの言葉から 

詩編のほとんどは、嵐のさ中で熱心に祈る祈りから成っているのではないでしょうか。また、詩篇の中にあらわされている讃美や感謝ほど、喜びにあふれた美しいことばを他に見いだすことはできません。そこでは喜びにあふれた美しい花園や、天国をものぞき見るように聖徒たちの心を見ることができます。               「詩篇の序文」

 『マルティン・ルター日々のみことば』鍋谷尭爾編訳 いのちのことば社

曙の光

 悩んだり、病気であって苦しんでいるときの夜ほど重く、辛いものはあいません。早く、朝が来ないかと強く曙を待っています。

「目覚めよ、竪琴よ、琴よ。わたしは曙を呼び覚まそう。」という詩篇の作者がどんなに曙を待っているかが分かります。敵の脅威にさらされ洞窟に逃げるしかなかった作者に曙の光が差し込んでくる。深い闇でしかなかった世界が曙の光によって、光の世界に変わっていく一瞬がやってくる。そのとき、作者は何をみたのでしょうか。

あなたの慈しみは大きく、天に満ち/あなたのまことは大きく、雲を覆います。57:11

神の慈しみ、救いです。どんな闇の世界も夜が朝と変わる曙の光によって消し去られるのです。

私たちの人生にあっても朝を待つような苦しみの闇の世界を過ごさなくてはいけない時があるかもしれません。しかし、闇は闇で留まりません。神は曙の光を送り、私たちに慈しみを与えてくださいます。

主よ、諸国の民の中でわたしはあなたに感謝し/国々の中でほめ歌をうたいます。57:10」という人に神は私たちを導いてくださいます。

祈り:神の光が私たちに指していることを信じていけますように。

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大森通信

「大森ルーテル教会70年史」29

献身者

 時代の大きな変革期にあって、教会も大きな変革をせまられている。しかし、変革を担う働き人、献身者が少なすぎる。

「収穫は多いが、働き手が少ない。」というイエスさまの言葉が実感として感じられる。

敗戦後、新しい価値観を求めて教会には青年が溢れていた。アメリカの教会の支援で教会はすべてを支えられていた時代であり、キリスト教ブームが起きた。多くの青年が献身していった。しかし、昭和29年から高度経済成長期(昭和29年から48年)に入り、皮肉にも段々と青年たちが教会から離れていき、昭和30年代にはキリスト教ブームは去った。信者の増加にはつながらなかった。

戦後の日本宣教の後発組のスオミ教団であった大森ルーテル教会の最初の働き人、牧師志願者として献身したu牧師が、ルーテル神学校に、伝道師としては、t姉、i姉が神戸聖書学院に行った。彼、彼女らはちょうど高度経済成長の始まりであり、キリスト教ブームが終わろうとした時期であった。

彼らが牧師、伝道者となって教会に赴任した時は徐々に教会から青年が少なくなり始めた時代であった。また1970年、日本の教会はアメリカからの経済支援を断り、教会は、自給を目指し、教会自給に取り組んでいった。

キリスト教ブーム後の教会を去らなかった信者は高度経済成長によって所得も上がり、献金意欲も増したが、なお、自給に至る道は厳しいものがあった。この時期に献身したのがim兄だった。神学校はキリスト教ブームのとき、献身した邦人の牧師が留学を終えて、教壇に立ち、カリキュラムも充実したものとなった。

(大森日記))千鳥淵墓苑に平和を祈って行く。平和は良い。)今日は、教会学校の夕涼み会。教会の方々のお手伝いをいただき子どもたちは楽しく花火を出来た。)夏期長期預かり保育再開。)夏季保育も始まり、子どもたちがやってくる。それにしても蒸す。もやもやした疲れる天気。)疲れたまま羽村教会、幼稚園へ行く。)蒸し暑さと夏の疲れかどうも仕事がはかどらない。園児らは庭で泥んこ遊び。元気だ。)今日も蒸し暑さが残る。体調が整えられ共に歩みを。