聖霊降臨後第20主日(10月15日)「少数者」
死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥を地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。 イザヤ書25:8-9
招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。 マタイによる福音書22:14
【説教要旨】
10月31日は、私たちの教会誕生の宗教改革記念日です。宗教改革は、あくまでルターという司祭の「人はいかにすれば救われるか」という個人的信仰の葛藤から生まれたのです。個人の信仰の葛藤が世界を動かし、中世から近世への世界を開いていったのです。極めて個人的な信仰が深められた結果ですが、時代の大きな激動の中で、時代に応えるべき多くの人が神によって、招かれていたのです。「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」と。ルターは選ばれた人だったと思います。
この頃、思い出すのはブラジル宣教を担い引退を前にして70歳で天に帰られた土井牧師のことを自分に重ねたり、同労者が70歳代に天に帰り、自分も後数年かと思うと残りの人生設計を考えなければいけないと思うのです。先日、次男が私たちの古希の祝いに食事に招待してくれました。一瞬、走馬燈のように歩んで来た日々が目に映り、なんという幸せかと思う一瞬でした。孫の無邪気な顔を見ながら、「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。ルカ2:29、30」という言葉が口の上にのりました。
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伊集院静の小説「春雷」に人間は、よくわからないが、分かっていることはひとつだけある、「どんなふうに生きても人間は必ず死んでしまうわけだ。善人として生きても、悪人として生きても、いずれ死ぬんだな。」という言葉が心に残っています。
1546年2月18日夜中、ルターは、三度目の発作を起こした。狭心症だろうと推察できます。医師はその死の近いことを周りの人に知らせました。段々と弱っていったルターに古い学友のヨナスとコエリウスは、『先生、あなたは死に臨んで主・イエス・キリストに信頼なさいますか。あなたがみ名によって教えられた教理を告白しようとなさいますか』と大きな声で尋ねました。ルターは、「そうだ」としっかりした声で答えました。ルターは眠ったように見えた。大きな息を吐いて、天に帰っていきました。出生地、洗礼を受けたアイスレーベンで、1546年2月18日午前2時45分に召天しました。
死を前にして、告解、終油の塗油は行われなかったし、聖餐もなかった。私が注目したいのは『主・イエス・キリストに信頼する』ということに対して『そうだ』の一言で、信仰告白をしたということである。『我、ここに立つ』から始まったルターの信仰は、どこに立つかを告白し、最後までキリストによる栄誉を受けようと走りぬいた。
死を意識して生きている日々にあって、『あなたは死に臨んで主・イエス・キリストに信頼なさいますか。』という問いに『そうだ』と答え、死を超えたのです。
死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥を地上からぬぐい去ってくださる。
これは主が語られたことである。その日には、人は言う。
見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろうという。主に信頼を置いた最後でした。
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「ルターは死を迎えるまで詩編31編6節『まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。わたしを贖ってください。』を繰り返し唱えていた。ルカによる福音書23章46節の十字架にかかり息を引きとった主・イエス・キリストもイエスは大声で叫ばれた。『父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。』こう言って息を引き取られたのである。主が神を信頼して叫ばれた祈りにルターも合わせていたのである。ルターは、死に臨み、告解、終油の塗油、聖餐もなかった。しかし、死に臨みあったのは主・イエス・キリストに信頼した祈りであった。この死への姿勢は、『信仰のみ』というイエス・キリストへの深い信頼であり、宗教改革者の総仕上げであった。「ルターの死に関する報告の特徴を分析していくと、そこに『キリストのみ』『恵みのみ』『聖書のみ』『信仰のみ』という宗教改革的スローガンに対応した態度を見ることができる。・・・ルターがその死を通して、『中世的良い死』に代わる『プロテスタント的良い死』の模範を後世に残した」(『ルターから今を考える』小田部進一 日本基督教団出版局)
主よ、あなたはわたしの神 わたしはあなたをあがめ 御名に感謝をささげます。あなたは驚くべき計画を成就された 遠い昔からの揺るぎない真実をもって。「真実」とはダイヤモンドのように固いものであり、私たちに対する神の愛です。ルターを、私たちを驚くべき計画-イエス・キリストの出来事を通して、揺るぎない真実をもって-揺るぎない神の愛をもって、神は驚くべき計画を成就されています。神の愛に招かれた私たちです。自分で勝ち得た力によって人生を切り抜けていこうとするとき、私たちはここに立たない。ルターが「我、ここに立つ」といって宗教改革を始めたここ、神への愛へ絶対信頼に立つのです。人の力によって良い死を迎えようとするのでなく、死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥を地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことであるという主が語られたことに全信頼をもって良い死を迎える者、それが招かれる人は多いが、選ばれる人は少ないという少数者なのです。
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牧師室の小窓からのぞいてみると
難しい世界になっている。ハマスとイスラエルの紛争で双方、1000人を越す犠牲者が出るところまできている。アラブとイスラエルという構造ではおさまらない紛争の構造になっている。そこで見え隠れするのは、人間の罪だと感じる。同じ時間にガザ地区では三方を高い塀で囲まれ失業率が60%を超える苦しい生活があり、塀の外のイスラエルでは音楽会が開かれていた。そして、そこには人がおり、人が犠牲になっていく。なにかやりきれない気持ちになる。そして、平和を謳歌している私がいる。
生きていることが罪のような世界があり、自分が生き辛く感じる。無力な私は、もっと、もっと平和を祈るしかない。
園長・瞑想?迷走記
先日、45年前、ひと時を一緒に幼稚園で過ごしたS先生からキリスト教保育とはと問われました。
神は子どもを与え、これに糧を与えたもうたが、それは、あなただけが彼らを好きなように扱い、あるいは、この世の華美に向けて教育するためではない。あなたが彼らを礼拝(神奉仕)へ向けて教育することが、真剣にあなたに命じられているのであって、さもないと、子どもや全てのものと共にあなたは全く根こそぎにされて、あなたが彼らにかけているものは、ことごと罪に定められてしまうのであろう。「人々は子どもたちを学校へ送るべきであるという説教」(ルター)1530年
ルターが、「あなただけが彼らを好きなように扱い、あるいは、この世の華美に向けて教育するためではない。」と言っているように自分の都合よく子どもを教育していくことでなく、子どもにとって何が必要かという事を見て、聞いていくことだと思います。キリスト教保育の目的は「子どもらを礼拝(神奉仕)へ向けて教育する」ことで、「礼拝(神奉仕)」とは、神が私たちに仕えてくださる。つまり神が私たちを愛して下さっていることに導く、共に味合うことです。これがキリスト教教育の土台です。
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日毎の糧
聖書: 味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。 詩編34:9
ルターの言葉から
この恩恵は真に心の平和を生じさせるので、人間はその壊敗から癒され、恵み深い神をもっていると感じるようになる。これは骨を 太らせ、良心に喜び、安心、大胆、不敵さを授け、すべてを大胆になし、すべてをなすことができ、この神の恩恵に対する信頼のうちに死をもあざ笑うようになる。( WA.8.106,11-15) 『ルターの知的遺産』金子晴勇著 知泉書館
身体で受け留める
信仰は頭で受け止めるものでないことを私たちは頭では分かっていますが、どうしても頭で理解をしようとします。
詩人は、神さまから与えられた恵みを舌で味わい、目でみるものは、神の恵みの深さを知ることが出来、なんと幸いであるかということを詠っています。「恵みのみ」と言って宗教改革をリードしたルターも神の恵みを感じ、「骨を太らせ」と身体で受け止めています。
蜜が塗られていた石板に書いているみ言葉をイスラエルで子どもたちが覚えるとそれを嘗めさせたと聖書学者ウィリアム・バークレーが書いていたことを思いだす。
あなたのみ言葉はいかにわがあごに/甘いことでしょう。蜜にまさってわが口に甘いのです。詩篇119:103
舌でみ言葉の甘さを味わい知らせたというエピソードです。
神が私たちに豊かな、深い恵みを注いでくださっていることを私たちは体で受け留められるように信仰の旅を歩めますように神に祈りたいものです。
聖歌570「雨をふりそそぎ」で「夕立ちのごと 天つ恵みをイエスよ 今 ここにそそぎたまえや」とリフレインしています。ブラジル語讃美歌の「シューヴァス(雨)・デ・ベンソンス(多くの恵み)」のリフレインを体で感じたことを思い出します。
祈り:神の恵みを体で受けて、感謝して歩みだす者としてください。
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大森通信
「引退の準備」 8.整理 引退後、特に家内のことが心配になる。どちらが先に逝くかは分からないが、日本人の平均寿命が男は81歳、女が87歳である。同じ年齢の歳の夫婦だから私の方が先に逝くことが考えられる。 私は転勤族だから父、母の老後は兄に任せきりだった。大阪にいる長男の所に寄り、私が逝った後の家内のことを相談した。まだ、実感として長男は感じていなかったが、細かく説明しておいた。「逆は」と聞かれたが、自分でやるから迷惑をかけないようにすると言っておいたが、家内の方が、自立心が強いから自分一人で生きられるかもしれないと思って苦笑いをした。 引っ越し先をどうするか。これも整えなければならない。私は九州に帰っても困らないが、家内には馴染みもなく、いまさら友だち関係を作っていくのは難しいだろうと思う。 ではとなると、私たち二人が働いた別府、静岡、西三河、名古屋となるし、共通の生活圏としては東京になる。医療などの公のサービスが良いのは東京がダントツである。 次に二人の物の整理である。私は本だけで良いので、後は、家内を中心となって捨てていくしかないと思っている。何よりも家内が暮らし易いように整理していくことである。 |
(大森日記)土)早朝に主日の準備、役員会の準備をして、幼稚園の運動会に臨む。快晴。ここで退任の挨拶をする。日)教会学校、通常礼拝、夕礼拝。教会学校に来ている保護者の方に朝の掃除した庭に勇気づけられていますと一言をいわれる。全国誌の「婦人之友」に説教が載る。月)東教区牧師会研修。激動する世界の変化の中で、牧師はどうあるべきかの研修。火)二日目の研修会。世代のギャップの中で、貫いているのは神の真理。それにしてもほとんどの人がパソコンを持ってきている時代。水)最終日。幼稚園に帰り、預かり保育を見守る。木)午後からzoomでの会議。「聖書のまなび」のzoom招待を間違えていて慌てて送り直す。金)朝の掃除、そして秋花壇の手入れ、春に向けての花壇の準備。季節は早くまわる。多くの人に支えられた日々であったとつくづく実感。