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おまけ・牧師のぐち(続日記)牧師だって神さの前でぐちります。ぐちらない聖人(牧師)もいますが。(8月5日~11日)

おまけ・牧師のぐち(続日記)牧師だって神さの前でぐちります。ぐちらない聖人(牧師)もいますが。

)広島原爆投下の日、平和主日を守る。夏季聖書学校を開く。旧約学者の清重尚弘牧師を迎え、今、「聖書の学び」で学んでいる「詩篇」について学ぶ。その前の説教は遺言のように平和を作ることの大切さを切々と解き明かしてくださる。夕礼拝が無事に終わると台風を気にしながらルーテル幼稚園・保育園連合会の総会・研修会の最終チェック。どうか台風がそれますように。明日から広島へ。

)台風も近づき、ルーテル幼稚園・保育園連合会の総会、研修会をどうするか決断を迫られてきました。しかし、最後まで優柔不断の私は他の役員と相談しながらも決断が出来ませんでした。まあ、神さまに任せるしかないと思い、決行の連絡を各園にし、何があっても良いように前日に広島に入りました。長い新幹線の中では、「発達障害に気づかない大人たち」(星野仁彦、祥伝社新書)を読み、気を紛らわそうとしていたら、なんと本の中にのめり込みました。もっと早く知っていたら自分を含め違う展開が出来たのだろう思って後悔していました。

)総会、研修会の当日、早く入り、他の役員と打合せ。その中で、忘れていたことが多くあった。昼食の弁当は自分が用意しておくなど。歳か。終わり、参加者が生き生きとされていたのを見て、ほっとする。平和は語り継ぎ、作っていかなくてはいけないとつくづく感じると帰りの新幹線は爆睡。家に着いたときは次の日になっていた。お世話になった方々に感謝のメールを送ると1時。

)長崎原爆投下の日。天候がどうも一定しなく、北九州に投下されず長崎に投下された。もし、投下されていたら北九州出身の私はここにいなかったかもしれないとこの日を思う。浦上天主堂で宗教改革500年のカトリック教会と記念の礼拝が行われた。この上に投下されたと思うと平和を作り出すことに汗を絞り出さなければと思う。

湿気が多い。遅く起きて園児を迎えがてら掃除をすると汗だくだく。総会、研修会の報告書作りをする。早めにすることに限る。合間、合間で徳善義和牧師の説教集「マカリオス-至福」の説教を読む。すごい教養と知識に溢れた整えられた説教に感動。こういう名著を出版してきた聖文舎が教会から消えたことは残念でならない。しかし、現場を這うようにして生きてきて、内容が一貫しない私の説教とは違うことを感じる。良い本を出版している出版社の関係者から聞いたのですが、「街の本屋と守るために、アマゾンからの配送していない」。時代遅れと言えば遅れであるが、このぐらいの気骨が欲しい。夏の清々しい風が吹きました。

)汗だくだくになって、掃除、園児を迎える。主日の準備。「対話-人間いかに行くべきか」(鈴木大拙)を読み始める。「わしは、隣りというものをかんがえないのだ。隣りというものを考えると、もうへだたりが出来る。隣りと自分は一つであるということをみなければならない。」。含蓄ある言葉。

)いつもより遅く、朝の掃除。長い盆休み。園長にはむしろ忙しくなる。さあ、ウサギのための掃除をしよう。主日の準備完了。