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風のように10月10日 「恵みの座にー空になる」

聖霊降臨後第20主日

15この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。 16だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。ヘブライ4:12―16

10:25 金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」 10:26 弟子たちはますます驚いて、「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。 10:27 イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」 10:28 ペトロがイエスに、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言いだした。 10:29 イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、 10:30 今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。 10:31 しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」                                                                                                                                                                           マルコによる福音書10:25~31

【説教要旨】

 「大森教会・宣教70年史」が完成します。再度、原稿を読み直してみて感じることは、この教会は「永遠の命を受ける」という求道の歴史ではなかったかと感じます。新型コロナウィルス感染拡大で、私たちは「メメント・モリ」、つまり「死を憶え」ということを実感したのではないでしょうか。それは私たちの命は確かなのでなく不確かなものであるということです。家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑とは、私たちの命を確かにするものですが、捨てよとイエスさまが言われるのは、自分を確かにというものが決して確かなものにするのではないということです。

 私たちを確かにするのは福音です。それは、この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。ということです。大祭司、イエスさまが私たちの試練の歩みを共に負われ、時宜にかなって憐みと恵を下さり助けてくださいます。この恵の内に生きよと言われるのです。それも家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てるほど大胆に恵みの座、福音に生きよというのです。これが不確実な命でなく、永遠の命であるということです。

 エルソン牧師にしても、アウネ先生にしても私たちに命をささげてくださいました。

 ミンキネン宣教師を含め8人の宣教師(子供の数は把握していません)が、第二次世界大戦中日本に取り残されました。独ソ戦開始によって、シベリア経由で帰れなくなり、アメリカ経由の帰国を模索していたところ、真珠湾奇襲になってしまい、太平洋戦争が始まり、帰国の途を絶たれたようです。

 戦争中、宣教師は皆、軽井沢に強制疎開させられて、事実上軟禁状態に置かれていました。欧州で戦争が終わった後、まだ日本では沖縄戦が熾烈を極めていた6月、彼らは横須賀から日本の海軍の船でウラジオストックまで行き、シベリア鉄道でフィンランドに帰国しました。信じられないことですが恐らく外交官引き揚げの船ではなかったかと思います。

 ミンキネン宣教師の6番目の娘ナンニさん(5,6年前に召天)とフィンランドで付き合いがありましたが、彼女が親から聞いた話では、軍の船では乗客は皆、救命具をつけて甲板にて頭を両腕で抱えるように座らされたとのことでした。船がいつ機雷に触れて、あっという間に沈む危険があったからだそうです。百数十キロの巨漢だったサヴォライネン宣教師は、フィンランドに帰国した時は50キロなかったそうです。日本での食糧難は相当ひどかったそうです。ミンキネン宣教の娘がアウネ先生です。アウネ先生は、すべてを失い、命の危険を体験しても、大胆に恵みの座に近づき、再び日本に来られ、幼稚園を設立してくださいました。しかし、残念にも休暇で帰った米国で病気になり、ピスガの山から神が約束された地を見ながら入ることなく死んだモーセのごとく大森教会をみながら再び日本の地を踏むことは出来ませんでした。自分を確かにしていた命さえささげてくださった。命をささげても、はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、 今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受けるという恵みの座に大胆に近づき、真の命、永遠の命をいただいたのです。これこそ私たちを確かなものとするの命です。

「ベハネン先生(アウネ先生の夫)は早速『ルーテル教会の信仰の中心は何でありましょうか?』と質問されました。私が『信仰のみ、恵みのみ、聖書のみ』そして『人は信仰によって義とされる』と答えると、どうやら合格したようでした」と岡田牧師は回顧しています。『信仰のみ、恵みのみ、聖書のみ』、三のみは結局は「恵みのみ」にです。この恵みに大胆に近づく信仰こそがこの世の命を越えて永遠の命に受けるのです。永遠の命を生きる者はこの世の財をすてること、はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者とされるのです。世において空とされ、たとえ命を失っても神の恵みに私たちが近づくのでなく、神の恵みが私たちに入ってこられ、命さえ捨てる空なる者、永遠の命、神の恵みを生きる者とされ、恵みで満たしてくださいます。それゆえに「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」という信仰が与えられ、私たちに生きる勇気をふつふつと湧き上がらせてくださいます。

 空なる者とされ、人間のちからに頼まず、神の恵みに頼って、大胆に恵みの座に近づきましょう。

牧師室の小窓からのぞいてみると

震度5強の地震が東京であったが、幸い大きな被害はなかったが、水道管の破裂、停電、帰宅出来なかった人がでた。まだ、復旧していないものもあるが、おおむね早く復旧出来たことは良かった。 おおむね落ち着いて行動が出来たのは、東日本大震災の体験が経験化されていたからではないだろうか。また帰宅出来なかった人が少なかったのも新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言が続き、出勤者が少なかったこと、地震発生が夜、遅く、人出が少なかったことなど好要因が助けたのかもしれない。

 水道管の破裂は、古くなっているインフラ整備中であったことからであろうか。 自然災害を通して課題を知らされ課題を確実に解決していくことが私たちが未来を拓いていくことにちがいないと思う。

        園長・瞑想?迷走記          

 新型コロナウィルス感染症により、今まで当たり前であった保育が当たり前に行えない。特に行事は大きな変更を余儀なくされる。しかし、当然のように行っていた行事をそもそも論に立ち帰り行事の意味などを考えさせられている。

 秋の「芋ほり」であるが、なぜ「芋ほり」なのどか。既に芋となったものを見せて、掘っても教育的に意味があるのか。食育については、掘ってきた芋を食し、秋の味覚を体験している。しかし、芋になるまでの過程を知らずして良いのか。そこで園庭で芋となる過程を体験するように工夫をしていく。・・・・といような見直しが始まっている。

 芋ほりの日に雨が降った時には、今までは屋内の施設に行っていたが、コロナ禍で出来ない。キャンセル料が生じる。これを保護者負担か園負担かと言う事務処理のところまで問われる。 すべての所に渡るそもそも論の大変な作業だが、保育を園運営を考えさせられる幸いなことだと思っている。

 

日毎の糧-ルターからの言葉  聖書:ローマ15:1-13 詩篇91:19-16

  だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。          ローマ信徒への手紙15:7                                     

  誤りを犯している節度のない兄弟を受け入れ、忍耐強く支え、彼らの罪をあなたがたのものとしなさい。そして、もし、あなたがたが何か良いものを持っているなら、それを彼らのものとし、自分たちを他より良いものと思うなら、それが自分だけのものであるように独り占めせず、彼らを支えるために彼らの一人となりなさい。なぜなら、あなたのそばにいる人々を嫌って支えようとせず、心の中で避け、孤独でいるのは、祝福されない正義であり、忍耐や祈りや模範を示すことによって、今、逆に彼らの役に立つことができるはずだからである。                                                                                                                                                                『マルティン・ルター日々のみことば』鍋谷尭爾編訳 いのちのことば社

「受け入れられている」

 幼児教育には、園児一人一人が幼稚園で受け入れられている、受容されていることを感じることが基本であるということであります。それは、どんな子どもであっても等しく受け入れていくことです。 神は私たち人間を能力や行為によって測られません。神が人間の罪を赦し、義として認めてくださり、私たちを受け入れて下さいます。だから、私たちは神さまの前に立てるのです。だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださった。神さまに受容されているゆえに、私たちはどんな人でも受容し、誤りを犯している節度のない兄弟を受け入れ、忍耐強く支え、彼らの罪をあなたがたのものとすることが出来ます。

祈り)主の受容に感謝し、人を受容できますように。

 

大森通信

宗教改革504年      1540年代 

たとえ明日が終わりであってもリンゴの苗を植える。②

 「私の良心は神の言葉に縛られているのです。私は取り消すことができないし、そうしようとも思いません。なぜなら、自分の良心に反して行動することは、確かなことでなく得策でないからです。私はこれ以外のことはできません。われ、ここに立つ。神よ、私を助けたまえ。アーメン」

 「我、ここに立つ」ということから始まった宗教改革は、ルターの言う「ここ」という場所はどこであるかということである。

 「ここ」とは、ウォルムスの国会である多くの帝国議会の諸侯、カトリック教会の代表者である「人の前」です。同時に「我、ここに立つ」という宣言は、自説を撤回することは良心に反することです。良心は「神の前」にあって、どうあるべきかという心である。

 人間は「神の前」で生きる、同時に「人の前」で生きるのです。また、人間は「人の前」で生きる、同時に「神の前」で生きるのです。

 この生き方が宗教改革を貫いた生き方であり、今も大切な生き方であると思う。

                                                                                                                                               参考文献:『マルチン・ルター-生涯と信仰』徳善義和 教文館                                                                                                                                                                     『歴史の再発見 ルターと宗教改革』 江口再起 NHK出版

(大森日記))いつものように訪問を終えて、YouTube配信をし、夕礼拝をもって一日を終える。)仕事も終わり、久しぶりに寄席に。)羽村幼稚園の次年度園長予定者と事務の引き継ぎと園長室の改装で出かける。現園長からのレクチャー。)臨時総会に寄せられた質問などに答える準備する。代議員も意見を汲んでくださり感謝。オンラインで「聖書を学ぶ会」、聖書の食事について、ここでも塩味が出てくる。大きな地震。)70年史編纂委員と出版社の最終の打ち合わせ。よくここまで来た。70年記念礼拝に間に合う。歴史を記すことは未来を示すことになると思う。城南神奈川地区牧師会の資料つくりと配信。)天候が気になるが幼稚園ではコロナ禍の運動会が二年目。救いは幸いにも新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言が解除されていることである。